岩手医科大学 先端医療研究センター 中間報告書(各テーマ用)

研究プロジェクト名

老人性難聴に関連するミトコンドリア遺伝子多型の検索

研究代表者

佐藤 宏昭

所属

耳鼻咽喉科学講座

共同研究者

石島 健, 大塚 尚志

 

 

 

キーワード(日本語)

老人性難聴

ミトコンドリア

遺伝子多型

患者対象研究

 

 

 

Key Words (English)

presbyacusis

mitochondria

SNP

case-control study

 

 

【背景・目的】

近年高齢者人口は年々増加傾向にあり、日本においては加速度的に増加している。同時に老化徴候の1つである老人性難聴は、個人の老年期の生活の質、また社会的な生活を保持するうえで広く障害となる。先進諸国では人口の約6-8%が老人性難聴を発症していると推定されており、近年この65歳以上の高齢者人口は年々増加傾向にある。わが国では65歳以上の人口推移は2018年に26.9%2040年には31.0%になると推定されている。岩手県では平成17年の人口統計によると65歳以上の人口は338802人であり、岩手県総人口1385000人の約24%をすでに占めている状況である。老人性難聴の定義として1974年にShuknechtは、加齢による変性現象以外に原因の見当たらない難聴としている。一般的には、特に難聴の原因となる因子がなく、老化に伴う疾患であり、両側対称性の高音漸傾型の感音難聴を呈する、ときに進行する場合がある、個人差が大きいとされている。また、生理的変化による聴力損失と、老人性難聴の相違に関しては、生理的聴覚損失を引き起こす病態そのものが老人性難聴であると考えられている。Schuknechtは老人性難聴患者の側頭骨病理組織学的見地から5つに分類している。また、中枢神経系の研究も多くされており、切替らの報告では、蝸牛神経節と内側膝状体、また上オリーブ核と下丘において細胞の変性消失を認めたとしている。すなわち聴覚伝導路の神経細胞の変性も重要な要因であることが述べられている。老人性難聴では内耳中枢いずれも細胞の変性や消失を認めることから、我々は体細胞の代謝に必要不可欠であり、細胞の死に大きく関与するとされるミトコンドリアに着目し、ミトコンドリア全塩基配列の同定ならびに老人性難聴に特異的なミトコンドリア遺伝子多型の検索を行った。

【対象と方法】

対象として難聴高齢者群は平成17年6月1日から現在までに当科外来を受診した65歳以上の老人性難聴者(男性24名、女性24名、平均年齢77歳)48名と、健聴高齢者群として65歳以上で難聴の訴えがない(男性16名、女性32名、平均年齢73歳)48名とし、過去に耳疾患, 頭部外傷, ストレプトマイシン使用歴がなく, また 糖尿病を含む代謝性疾患の既往を持たない方を対象とした。純音聴力検査を全例に施行している。また全ての対象において、本学倫理委員会にて認可された書面を用いて本研究の主旨を十分にご理解頂き、同意ならびに署名を得た上で、末梢静脈より全血液2ccを採取した。得られた検体より遺伝子を抽出し、PCRによる増幅後にシーケンサーにて塩基配列の同定を行った。得られた塩基配列情報から老人性難聴群に特異的なミトコンドリア遺伝子多型を検索した。

【結果】

現在までに老人性難聴群24名、健聴高齢者群24名、計48名のミトコンドリア遺伝子全塩基配列を決定し、Dループ領域を除くコード領域の解析において認められたミトコンドリア遺伝子多型は249個であった。このうち老人性難聴群において統計学的に有意差を認めたSNP14個であり、4個が非同義置換を伴うSNPであった。また既知難聴関連ミトコンドリア遺伝子多型は両群ともに陽性は認めなかった。

【考察】現代の高齢社会は急速に進行しており、特に地方においては高齢者の孤立化が顕著である。加えて老人性難聴は高齢者の社会的参加活動の障害にさらに拍車をかけるものである。老人性難聴においてはその発症機序は明らかになっておらず、またその発症要因においても不明な点が多いため多因子疾患と考えられている。本研究はその病態に新たな知見を与える可能性のあるものである。今後、全対象者の全塩基配列の同定ならびにその解析、検討を重ねていく予定である。

 

≪参考論文≫

(1)     Schuknecht HF, Gacek MR. Ann Otol Rhinol Laryngol 102:1-16, 1994

(2)     Bai U, Seidman MD. Hear Res 154:73-80, 2001

(3)     Seidman MD, Ahmad N, Bai U. Ageing Res Revs 1:331-343, 2002

(4)     Fischel-Ghodsian N, Bykhovskaya K, Taylor K, et al. Hear Res 110:147-154, 1997

(5)     Tsuiki T, Murai K, Murai S, et al. Ann Otol Rhinol Laryngol 106:663-642, 1997