岩手医科大学 先端医療研究センター 中間報告書(各テーマ用)

研究プロジェクト名

腎癌の発症機構の解明および新治療への展開

研究代表者

近田龍一郎

所属

泌尿器科

共同研究者

小原 航

瀬尾 崇

井筒 俊利

 

泌尿器科

泌尿器科

泌尿器科

 

キーワード(日本語)

腎細胞癌

後天性嚢胞

肝細胞増殖因子

ビタミンD

ビタミンD受容体

レチノイドX受容体

 

Key Words (English)

Renal cell carcinoma

Acquired renal cyst

Hepatocyte growth factor

Vitamin D

Vitamin D receptor

Retinoid X receptor

 

【背景・目的】

HGF/c-metの過剰発現は、種々の臓器での癌の発生や尿細管の嚢胞形成に関与することが知られている。本研究では腎細胞癌を合併する後天性嚢胞腎組織を用いてHGF/c-metとそのシグナル伝達系について検討し、嚢胞形成あるいは発癌に特異的に関与する因子を明らかにする。さらに、ヒト腎細胞癌株を用いてin vitroで腫瘍の増殖に特異的に関係するHGF/c-metのシグナル伝達系を明らかにし、発癌に関与する特異的なシグナル伝達系のみを抑制することによるより副作用の少ない手段での癌の発生予防あるいは治療に結びつく研究へと発展させていくことを目的とする。また、最近腎細胞癌に特異的に発現し腎細胞癌の増殖に関与するとされるhypoxia-inducible protein 2HIG2)についても、sporadic RCCのように透析患者での新たな腫瘍マーカーとしての有用性さらには嚢胞形成から癌化過程での役割についても検討する予定である。

活性型vitamin D3はカルシウム代謝調節ホルモンとして重要な役割をもつ以外に、分化誘導、抗腫瘍効果、血管新生阻害など多彩な生理作用を有する。その作用はvitamin D receptor(VDR)を介して発揮されるが、同じ核内受容体スーパーファミリーの1つであるretinoid X receptor (RXR)とヘテロ二量体を形成し、関連遺伝子の発現を正または負に調節する。本研究では腎細胞癌における抗腫瘍効果を明確にするとともに、宿主側での発癌リスクの解明を行い、腎細胞癌の発生・増殖・進展過程における活性型vitamin D3-VDR系の関与を明らかにすることで、新たな予防・治療へと発展させることを目的とする。

 

 

 

 

【方法】

1. 後天性嚢胞発生および癌化機序の解明

臨床的検討

・腎摘出術を施行された腎癌合併後天性嚢胞腎患者の臨床的経過の解析

・摘出された坦癌後天性嚢胞腎を用いた検討

   免疫組織学的検討、RT-PCRWestern blotting

検討項目:HGF/ C-met系シグナル、HIG2, HIF-1, Wnt系シグナル

In vitro study (担当:近田、小原)

ヒト腎細胞癌株(caki-1, caki-2, ACHN)を用いて検討を行う。

・これらの細胞株でのHGF, C-metの発現をRT-PCR及びwestern blottingにより検討する。

・培養液にHGFを加え増殖に伴うシグナル伝達物質の変化を観察、腫瘍の増殖に特異的なシグナル伝達物質を同定する。

 

2. 腎細胞癌におけるVDRRXRs(α、β、γ)の発現とその意義

臨床的検討

手術により摘出された腎細胞癌組織を用いてRNAレベル(RT-PCR, Real-Time PCR)および蛋白レベル(免疫染色、western blotting)でVDRRXRsの発現とその局在を明らかにする

VDRRXRsの発現と癌の組織型、悪性度、進展度、予後との関連を検討する

実験的検討

ヒト腎癌細胞培養株(caki-1, caki-2, ACHN)を用いた検討

・ヒト腎癌培養株に活性型vitamin D3を投与し、腫瘍増殖抑制効果をMTT assay法で確認。さらにVDR, RXR遺伝子の発現変化をRT-PCR、免疫染色、western blotting法等で観察する。

・活性型vitamin D投与後の腫瘍細胞の増殖に関与する因子を検討する。

 

 

【結果】

腎細胞癌を伴う後天性嚢胞腎では、代償性に発育した尿細管や嚢胞(主に上皮の過形成を伴う嚢胞)でのHGF/c-metの過剰発現が免疫組織学的に確認された。RT-PCRでは後天性嚢胞腎でのHGF mRNAの発現が亢進しており、この腎でのHGFは他臓器から来たもののみでなく腎そのものでも産生されていることが判明した。腎細胞癌(60%がpapillary tumor)でも同様にHGF/c-metの発現が顕著に増加していた。Anti-apoptotic proteinであるBcl-2の発現をみると、HGF/c-metと同様に後天性嚢胞腎や癌の部分での発現が亢進していた。この結果は、HGF/c-metBcl-2が後天性嚢胞腎の発生さらには癌化へ関与していることを示唆する結果であった。現在、HGF/c-metシグナル伝達系としてphosphorylated Akt, PTEN, p27, cIAPを、HIG2/Wnt系のシグナル伝達系としてHIG2, HIF-1, βcatenin, E-cadherin, Wnt 1, WISP-1, cyclin D1, C-myc, Cox -2について検討中であるが、後天性嚢胞ではPTENp27phosphorylated Akt,発現のimbalanceが認められており、これが嚢胞形成、嚢胞壁の過形成そして癌化という一連の過程において重要な役割を演じている可能性が示唆されるた。

VDRおよびRXRα、β、γの発現に関して、5年以上の経過観察が可能であった腎細胞癌症例を対象に、免疫染色によるVDRRXRα、β、γの発現と癌の組織型、悪性度、進展度、予後との関連をretrospectiveに検討した。この結果RXRγの発現が予後規定因子として重要であることが明らかとなった。次に、MRNAの抽出が可能であった2003年以降の腎細胞癌症例について、RT-PCRおよびReal-Time PCRを用いてVDRおよびRXRα、β、γmRNAの発現を評価し、癌の組織型、悪性度、進展度との関連をに検討した。この結果VDRRXRαの発現が亢進している症例では癌の進展度や悪性度が高いことが判明した。一方RXRγの発現はその逆で、発現している例は進展度や悪性度が低いことがわかった。

 

【考察と展望】

HGF/c-metそしてそのシグナル伝達に関与するpAkt, PTEN.p27imbalanceが嚢胞の発生から癌化過程に重要な役割を演じていると考えられた。さらには、最近新たに発見されたhypoxia inducible factorであるHIG2も尿細管の増殖・肥大そして嚢胞形成、癌化に関与している可能性が示唆された。HIG2はFrizzled familyを介してWnt系を活性化し、腎細胞癌の増殖に関与すると考えられ、分泌蛋白であるためsporadic RCCでは新たな腫瘍マーカーとして注目されている。HIG2は後天性嚢胞でも発現しているため、これに合併した腎細胞癌のマーカーとなりうるか今後臨床例を対象とした検討が必要である。さて、HIG2によってWntが活性化され細胞内でのβcateninの発現が増加することは明らかにされているが、βcateninを介する以外の経路については不明である。Wnt系はSnailの脱リン酸化により細胞内での蓄積を亢進させ、結果的にE-cadherinの発現を抑制する。Wnt/βcatenin系の活性化に加え、E-cadherinを介した経路も嚢胞形成から癌化過程において重要な役割を演じている可能性があり現在検討中である。本研究のような後天性嚢胞の発生から癌化に関連する特異的なシグナル伝達系を明らかにしようとする研究はこれまでなく、癌化に関連する伝達系を選択的に抑制あるいは亢進することによる癌の発生予防や治療法の開発、そして新たな腫瘍マーカー(特にHIG2)の解明へと研究を進めていく予定である。

  さて、活性型vitamin Dは結腸癌や乳がん、前立腺がん等において単独あるいは抗がん剤・免疫療法剤との併用により有力な治療法になることが明らかとなってきている。抗腫瘍効果の発現にはその受容体であるVDRそしてVDRとヘテロ2量体を形成するRXRsが重要とされ、その発現の変化により抗腫瘍効果が異なってくるとされる。本研究では、腎細胞癌におけるVDRおよびRXRα、β、γmRNAの発現を検討し臨床所見と比較したところ、これらの発現の変化が腎細胞癌の悪性度や予後と関連していることが判明した。こられの発現は腎細胞癌に対するvitamin D療法の治療効果発現にも関係すると考えられ、活性型vitamin Dの腎細胞癌に対する抗腫瘍効果発現機序とともにin vitroで検討中であるが、こうした研究成果は今後腎細胞癌に対するindividualized medicineの実践にも有用であると期待される。

 

 

≪発表業績≫

 1)Konda R, Sato H, Hatafuku F, Nozawa T, Ioritani N, Fujioka T: Expression of hepatocyte growth factor and its receptor c-met in acquired renal cystic disease associated with renal cell carcinoma. J Urol 171: 2166-2170, 2004