【背景・目的】老年期の動脈硬化による血行力学的脳虚血においては、脳循環代謝の低下に比例して高次脳機能が障害される。また、血行再建術により脳循環を改善させると低下していた高次脳機能が改善する場合がある一方、逆に悪化する場合も存在する。本研究では、「血行力学的脳虚血における高次脳機能を positron emission tomography により測定された脳内中枢性受容体の動態と比較検討し、脳循環代謝の低下が受容体の機能にいかなる障害を与えるか」、「血行再建術後過灌流が高次脳機能に与える影響」について検討した。
【方法】血行力学的脳虚血をもつ老年期の動脈硬化性病変患者の脳循環代謝およびベンゾジアゼピン受容体分布をpositron
emission tomographyを用いて測定し、それぞれの障害の程度を定量的・3次元的に算出する。同症例に高次脳機能検査を行う。血行再建術中に脳循環動態を経頭蓋的にモニタリングするとともに、頸静脈球から脳内静脈血を経時的にサンプリングしMDA-LDL濃度を測定する。術後に脳循環を測定し、術後過灌流の有無を観察する。さらに術一ヶ月後に高次脳機能検査を再度行う。
【結果】1)ベンゾジアゼピン受容体の分布度と高次脳機能との間には有意な相関があった。すなわち、ベンゾジアゼピン受容体の分布が正常であれば高次脳機能の低下は軽度であり、ベンゾジアゼピン受容体の分布が低下している領域をもつ症例では重度の高次脳機能障害を認めた。2)血行再建術後の高次脳機能の改善率と術前のベンゾジアゼピン受容体分布は強い正の相関を示した。3) 血行再建術後過灌流発生の有意な独立因子は 術前の脳循環低下と頸動脈遮断中の重度脳虚血であった。4)脳内のフリーラジカル反応の指標である頸静脈球部MDA-LDL濃度は、内頸動脈遮断前に比し内頸動脈遮断解放後5分および20分で有意に高い値を示した。また、遮断中の脳虚血重症度と遮断解放後の頸静脈球部MDA-LDL濃度は高い正の相関を示した。また、遮断解放後の頸静脈球部MDA-LDL濃度は術後高次脳機能障害発生の有意な独立因子であった。さらに、術後高次脳機能障害例はMRIでは形態的に異常はなかったが、PETによるベンゾジアゼピン受容体の分布は明らかに低下していた。
【考察と展望】結果1)、2)より脳主幹動脈閉塞性病変による血行力学的脳虚血においては、ベンゾジアゼピン受容体の機能異常により高次脳機能障害をきたすとともに、ベンゾジアゼピン受容体の分布状態を知ることにより血行改善による高次脳機能障害の改善の有無を知り得ることとが示唆された。血行力学的脳虚血による高次脳機能障害の原因が脳内ニューロンネットワークの障害であることは神経科学的に重要であり、また、血行再建術による高次脳機能障害の改善の有無が術前に予測できることは臨床的にも有用である。今後はより汎用的な機器であるsingle-photon
emission computed tomographyを用いて同様のことが言えるかを検討する予定である。一方、結果3)、4)より血行再建術後の高次脳機能障害の原因は術中の内頸動脈一時遮断により発生する脳内フリーラジカルであることが証明された。また、この脳内フリーラジカル反応は血行再建術後過灌流発生にも関与し、術前の脳循環低下+内頸動脈一時遮断による脳内フリーラジカル発生→術後過灌流→高次脳機能障害という図式が示唆された。現在フリーラジカルスカベンジャーであるエダラボンが臨床応用されている。この薬剤を術中投与することにより術後過灌流および術後高次脳機能障害の発生を予防できることが示唆された。今後はエダラボン術中使用による脳内フリーラジカル反応の程度を検討する予定である。
1) Ogasawara K, Yamadate K,
Kobayashi M, Endo H, Fukuda T, Yoshida K, Terasaki K, Inoue T, Ogawa A: Effects
of the free radical scavenger, edaravone, on the development of postoperative
cognitive impairment in patients undergoing carotid endarterectomy. Surg Neurol
64: 309-314, 2005
2) Ogasawara K, Yamadate K, Kobayashi M, Endo H, Fukuda T,
Yoshida K, Terasaki K, Inoue T, Ogawa A: Postoperative cerebral hyperperfusion
associated with impaired cognitive function in patients undergoing carotid
endarterectomy. J Neurosurg
102:38-44, 2005
3) Komoribayashi N, Ogasawara K, Kobayashi M, Saitoh H, Terasaki
K, Inoue T, Ogawa A: Cerebral hyperperfusion after carotid endarterectomy is
associated with preoperative hemodynamic impairment and intraoperative cerebral
ischemia. J Cereb Blood Flow Metab
26: 878-884, 2006
4) Fukuda T, Ogasawara K,
Kobayashi M, Komoribayashi N, Endo H, Inoue T, Kuzu Y, Nishimoto H,
Terasaki K, Ogawa A: Prediction of
cerebral hyperperfusion after carotid endarterectomy using cerebral blood
volume measured by perfusion-weighted magnetic resonance imaging compared with
single-photon emission computed tomography. AJNR Am J Neuroradiol (in press)
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