岩手医科大学 先端医療研究センター 中間報告書(各テーマ用)
研究プロジェクト名 |
胃癌及びその周囲の腸上皮化生における単一腺管の分子解析 |
||
研究代表者 |
中村眞一 |
所属 |
臨床病理部門 |
共同研究者 |
菅井 有、幅野 渉 |
|
|
キーワード(日本語)
分子解析 |
腺管分離法 |
胃癌 |
Key Words (English)
Molecular analysis |
Crypt isolation method |
Gastric cancer |
Intestinal metaplasia |
Methylation |
|
【背景・目的】
分化型胃癌は多くの単一腫瘍腺管で構成されている。これらの単一腫瘍腺管はモノクロナール細胞より成り、多くの分子異常を蓄積している。しかしながら、これらの単一腫瘍腺管の分子異常のパターンは一様ではなく、個々の腺管により異なっていることが推測されている (1)。
腸上皮化生は胃癌の周囲粘膜にしばしばみられ、本邦ではparacancerous lesionとされている (2, 3)。一方欧米では前癌病変と考えられており、腸上皮化生の分子レベルの異常については一定の見解は得られていない。最近の報告では腸上皮化生に分子異常がみられることが示唆されており、腸上皮化生の分子異常に注目が集まっている。しかし従来のように化生粘膜をマスとして解析すると、微小な遺伝子異常は見逃す可能性がある。
本研究の目的は胃癌における個々の単一腫瘍腺管及びその周囲の単一腸上皮化生腺管の分子異常[loss of heterozygosity (LOH)、microsatellite instability (MSI)、p53の遺伝子変異、各遺伝子のプロモーター領域のメチル化]を明らかにすることにある。
【方法】
分化型胃癌30例について解析を行う。
腺管分離法で腺管を腫瘍組織、その周囲の腸上皮化生粘膜及び正常組織から分離する。かかる分離腺管を実体顕微鏡下 (SZX12-3141, Olympus)で正常、腸上皮化生及び腫瘍腺管を同定し、ピペットで回収する。腫瘍より最も遠位に位置する胃体部、大彎側のAB陰性の腺管を正常腺管として回収する。腸上皮化生腺管はAlcian blue (AB, pH2.5)で杯細胞が陽性に染色された腺管のみを回収する。回収した単一腺管で以下の分子解析を行う。
1)PCR-LOH法でLOHの解析を行う (17p; 5q; 18q; 3p; 4p; 9p)。2)p53 (exon5-8)の遺伝子変異をPCR-SSCPと直接シークエンス法を用いて検索する。3)MSIの解析を行う。同時にDNA mismatch repair geneのターゲット遺伝子 のcoding regionの遺伝子異常の解析を行う。4)メチル化の解析:Methylation specific-PCR (MS-PCR)法で、MINT1、MINT2、MINT31、p14、p16、RUNX3、MLH-1、MGMTのメチル化を解析する。
【結果】
1) 全例において各単一腫瘍腺管の遺伝子解析が可能であった。単一腺管群の中には代表群の遺伝子異常とは異なった異常を示す単一腺管が含まれていた。
2) 胃癌の単一腺管の遺伝子異常は極めて多彩で、各構成単一腺管で遺伝子異常のパターンが異なっていた。
3) 胃癌の代表サンプルでは調べられた遺伝子の全てにメチル化がみられたが、hMLH1、RUNX-3、p16に多かった。
4) 腸上皮化生腺管の代表群では遺伝子異常はみられなかったが、単一腸上皮化生腺管ではLOHが多数の単一腺管にみられた。p53遺伝子変異は腸上皮化生腺管にはいずれにもみられなかった。代表サンプルでは、hMLH1、RUNX-3とMGMTにメチル化がみられたが、p16にはみられなかった。
【考察と展望】
胃癌組織おいて、多様な分子異常を示す単一腺管で構成されていた。これは同じ組織像を示していても、その分子異常は異なっていることを示している。従って、これらの差異が腫瘍の分子多様性を引き起こしており、癌の持つ生物学的複雑性の重要な原因の1つになっている。単一腫瘍腺管の分子解析は、腫瘍の分子発生を明らかにするばかりでなく、化学薬剤などの感受性における基礎的理解を深めることにもなる。一方腸上皮化生腺管においては、従来の報告では、遺伝子異常が稀にしかみられないことが報告されている。しかし、我々の検討では、代表サンプルでは遺伝子異常はみられなかったが、単一腺管においては多くの遺伝子異常がみられた。このことは、腸上皮化生腺管は各腺管レベルで遺伝子異常の状態が大きく異なっていることを示唆している。今回の結果は、腸上皮化生が前癌病変であることを示しているようにみえるが、病理組織学的に腸上皮化生腺管からの発癌像を観察した者はいないことも事実である。単純に前癌病変と考えるよりも、多数のLOHの蓄積がみられるにも関わらず、腸上皮化生のままでとどまる理由を考えるべきかも知れない。今後はメチル化、他の遺伝子の変異 (APCなど)も検索したい。
(まとめ)
1)同一腫瘍内で腺管単位の多様な分子異常のモザイク状態が示唆された。2)単一腸上皮化生腺管には早期胃癌に匹敵する分子レベルの異常がみられた。
≪参考論文≫
(1) Ishii M, Sugai T, et al. J Gastroenterol 39: 544-549, 2004.
(2) Tatematsu M, et al. Helicobacter 10: 97-106, 2005.
(3) Mutoh H, et al. Cancer Res 64: 7740-7747, 2004.
1) Sugai T, Habano W, Jiao Y-F, Suzuki M, Takagi R, Otsuka K, Higuchi T, Nakamura S. Analysis of allelic imbalances at multiple cancer-related chromosomal loci and microsatellite instability within the same tumor using a single tumor gland from colorectal carcinomas. Int J Cancer. 114:337-345, 2005.
2) Sugai T, Habano W, Uesugi N, Jiao Y-F, Nakamura S, Abe K, Takagane A, Terashima M. Three independent genetic profiles based on mucin expression in early differentiated-type gastric cancers - a new concept of genetic carcinogenesis of early differentiated-type adenocarcinomas-. Mod Pathol 17: 1223-34, 2006.