岩手医科大学 先端医療研究センター 中間報告書(各テーマ用)

研究プロジェクト名

劇症肝炎の発症機序ならびに治療法に関する研究

研究代表者

滝川康裕

所属

内科学第一講座

共同研究者

鈴木一幸

所属

内科学第一講座

共同研究者

林 世徳

所属

内科学第一講座

共同研究者

宮本康弘

所属

内科学第一講座

共同研究者

牛尾 晶

所属

内科学第一講座

共同研究者

片岡晃二郎

所属

内科学第一講座

共同研究者

八角有紀

所属

内科学第一講座

 

キーワード(日本語)

劇症肝炎

アポトーシス

再生不全

人工肝臓

サイトカイン

 

 

Key Words (English)

Fulminant hepatitis

Apoptosis

Impaired regeneration

Artificial liver support

Cytokine

 

 

【背景・目的】

肝疾患は年齢とともに重症化する傾向にありことに劇症肝炎の予後は高齢者ほど不良と言われている.その原因は肝細胞アポトーシスの制御能の低下と肝細胞再生不全と考えられている.我々は,劇症肝炎の発症機序すなわち急性肝炎の劇症化の機序を解明し,新たな治療法を開発することにより予後を改善させることを最終的な目的として,疫学,炎症免疫学的解析,血液凝固・循環動態,細胞生物学的見地など多方面から研究を進めている.具体的には,劇症化予知,早期治療開始基準の策定,評価,劇症化に関わるサイトカイン,肝類洞内血液凝固機序,抗アポトーシス機構の解明と臨床応用の観点から検討を試みた.

【方法】

1.      劇症化予知,専門施設搬送,治療開始基準の策定と評価

全国の劇症肝炎治療の専門施設に対するアンケート調査により得られた,急性肝炎のPT80%時の臨床検査値と予後を基に,多重ロジスティックモデルにより劇症化予知式を作成した.この予知式をプロスペクティブに検討しその有効性を評価した.

2.      肝炎劇症化に関与する要因の検討

1)      臨床的検討:急性肝炎および劇症肝炎の初診時の血清サイトカイン17種類をサスペンジョンアレイシステム(BioRadBioplex)を用いて測定し,急性肝炎劇症化と関連するサイトカインを検討した.

2)      実験的検討:アポトーシス肝細胞が血液凝固活性化作用をフォスファチジルセリン表出(AnnexinV-FITC染色後共焦点レーザー顕微鏡),プロトロンビン活性化アッセイにより検討した.また,プロスタグランディンEP4受容体アゴニスト(PGEP4-A)の肝細胞に対する抗アポトーシス蛋白誘導作用,増殖シグナル促進作用をウェスタンブロッティング,RT-PCRにより検討した.

【結果】

1.      劇症化予知,専門施設搬送,治療開始基準の策定と評価

全国主要施設に対するアンケート調査により急性肝炎重症型およびプロトロンビン時間80%以下の急性肝炎の劇症化予知式

logit (p) = –1.156 + 0.692 x ln(血清総ビリルビン [mg/dl] + 1) – 0.065 x プロトロンビン時間 (%) + 1.388 x 年齢 (1: ≥ 50 y, 0: < 50 y) + 0.868 x 成因(1: HBV carrierまたは成因不明, 0:その他の成因)

が得られた.これにより得られる予測劇症化確率20%を専門施設搬送基準,50%を特殊治療開始基準と定めた.この予知式の評価を目的に多施設プロスペクティブ研究を行い,91例の登録が行われ、そのうち搬送基準合致31例で観察劇症化率16%, 非合致60例で0%の結果を得、予知式の有効性が確認された.

2.      肝炎劇症化に関与する要因の検討

急性肝炎劇症化予知の精度をさらに向上させるために,肝炎重症化に関わる血清サイトカインを包括的に検索し,IL-17がプロトロンビンと相関し,重症化に深く関連する結果が得られた.

一方,アポトーシス肝細胞と血液凝固の関連を検討し,アポトーシス肝細胞表面に発現するフォスファチジルセリンが活性化X因子によるプロトロンビン活性化を促進すること,およびこの反応がフォスファチジルセリンの特異的阻害物質であるAnnexin Vにより抑制されることを明らかにした.また,プロスタグランディンE2受容体アゴニストがマウス初代培養肝細胞に抗アポトーシス蛋白であるBcl-xLを誘導することおよびErkをリン酸化,cyclin D1を誘導し細胞増殖シグナルを活性化することを示した.

【考察と展望】

劇症肝炎の内科的救命率は依然として30−40%台に低迷しており,肝移植以外の有効な救命手段の確立が早急の課題である.その一環として,われわれは急性肝炎の劇症化予知と劇症化予防法の開発を目指し,基礎的・臨床的な試みを行ってきた.全急性肝炎の劇症化率は1-2%と言われており,比較的稀であるため全急性肝炎を対象とした劇症化予知は極めて困難である.そこで,PT80%以下の急性肝炎に対象を絞り込むことにより,有効かつ効果的な予知式および専門施設搬送システムが確立した.この予知式を用いた多施設共同研究の体制はそのまま新たな治療法のプロスペクティブ評価体制に移行する予定である.

これと同時に,肝炎劇症化に関与する要因の検討を,血清サイトカイン,血液凝固の面から検討した.その結果,これまで注目されていなかったIL-17が,急性肝炎劇症化に関連する可能性が示され,IL-17の肝炎重症化に関する基礎的な研究の必要性が示された.また,アポトーシス肝細胞がフォスファチジルセリンを表出することにより血液凝固を促進することが示されたことは,従来言われていた類洞内凝固が肝炎劇症化の要因の一つであることを裏付けるもので,急性肝炎の抗凝固療法の臨床的有効性を検討する根拠が得られたものと考えられる.

また,従来プロスタグランディンは抗炎症作用により急性肝炎の障害を軽減すると言われてきたが,新しい受容体アゴニストであるPGEP4-Aが肝細胞に対し抗アポトーシス蛋白を誘導するのみならず,増殖シグナルを促進することが示された.このことは肝炎劇症化の予防にプロスタグランディンE2が有効となる可能性を改めて示すものであり,臨床的検討を開始する根拠になりうると考えられる.

以上,臨床的研究体制の確立と基礎的な検討を有機的に組み合わせることにより,難治性疾患である劇症肝炎の内科的救命率向上に向けた新たな研究・診療体制が確立しつつあると考える.

 

≪発表業績≫

1)      Sato S, Suzuki K, Takikawa Y, Endo R, Omata M. Clinical epidemiology of fulminant hepatitis in Japan before the substantial introduction of liver transplantation: an analysis of 1309 cases in a 15-year national survey. Hepatol Res 2004;30:155-161.

2)      Ushio A, Takikawa Y, Lin SD, Miyamoto Y, Suzuki K. Induction of Bcl-xL is a possible mechanism of anti-apoptotic effect by prostaglandin E2 EP4-receptor agonist in human hepatocellular carcinoma HepG2 cells. Hepatol Res 2004;29:173-179.

3)      Miyamoto Y, Takikawa Y, De Lin S, Sato S, Suzuki K. Apoptotic hepatocellular carcinoma HepG2 cells accelerate blood coagulation.

3) Hepatol Res 2004;29:167-172.

4)      K. Kataoka, Y. Takikawa, S. D. Lin and K. Suzuki. Prostaglandin E2 receptor EP4 agonist induces Bcl-xL and independently activates proliferation signals in mouse primary hepatocytes. J Gastroenterol 2005;40(6):610-616.

5)      Y Takikawa, R Endo, K Suzuki, K Fujiwara, M Omata and Fulminant Hepatitis Study Group of Japan. Prediction of hepatic encephalopathy development in patients with severe acute hepatitis. Dig Dis Sci 2006;51:359-364.