岩手医科大学 先端医療研究センター 中間報告書(各テーマ用)

プロジェクトカテゴリー

(該当するものを選んでください) 老年疾患克服に向けた探索的医療プロジェクト

2.         老年疾患に対する新規分子標的治療薬/細胞療法の開発に関するトランスレーショナルリサーチ

 

研究プロジェクト名研究代表者所属共同研究者

キーワード(日本語)ワクチン,粘膜免疫,コレラ毒素,ベクター

Key Words (English) vaccine, mucosal immunity, cholera toxin, virus vector

【背景・目的】

生体の第一線の防御バリアーとして機能している粘膜局所のみならず,全身系にも特異的免疫応答も誘導しうる粘膜ワクチンは,非常に有効な感染防御手段である.粘膜アジュバントとしては,コレラ菌由来のコレラ毒素(nCT)の強力な粘膜アジュバント効果に注目した.老齢マウスでは経鼻免疫,皮下免疫,経口免疫法の順で免疫応答が低くなることを明らかにしており,高齢者を対象としたワクチン開発においては経鼻免疫法が最も優れていると考えている.しかし,nCTは毒性が強く安全性が懸念されている.本研究では毒性を中和する天然物由来物質との併用が可能かどうかを検討する.経粘膜ワクチンベクターの開発では,弱毒型ワクシニアウイルスワクチンが経粘膜接種により腸管などの病原体侵入の標的となる粘膜部位に免疫を誘導することが出来ることが明らかにするとともに安全性も確認する.

【方法】

B57BL/6マウス,若齢(812週齢)に,OVA100 μg)を,粘膜アジュバントとしてnCTとリンゴポリフェノール抽出物(APE)をと共に1週間間隔で3回経鼻投与することにより免疫する.最終免疫より1週間後,脾臓,頸部リンパ節,腸管膜リンパ節,腋窩リンパ節,腸管粘膜固有層,鼻腔粘膜固有層,鼻咽頭関連リンパ組織,唾液腺を採取し,リンパ球を分離後抗体産生細胞をELISPOT法で確認する.経鼻型ベクターの開発では,脳へのウイルスベクターの移行が大きな問題点となっている.B57BL/6マウス,若齢(812週齢)に,弱毒型ワクシニアウイルス(DIs株)を105 PFU接種し,粘膜組織での特異免疫誘導を確認するとともに,嗅球,大脳,小脳におけるウイルスの有無をPCR法により確認する.

【結果】

APECTを細胞とともに培養するとCTの毒性を軽減させ,細胞内のcAMP産生を抑制した.経鼻免疫をしたマウスでは,APEによりCTによる炎症反応を軽減した.免疫応答としては,アジュバント活性を維持出来ることを血清及び粘膜分泌液中の特異抗体価を測定することにより確認した.APECTの併用による免疫実験でマウスの粘膜関連組織においても,特異抗体産生細胞の数が維持されていることを確認した.CTの副作用に血中IgE量の上昇があり,アレルギーとの関わりが問題となっている.APECTの併用による免疫実験では,アジュバント活性が維持される条件で血中IgE量の低下が観察された.また,腸の蠕動運動が抑制されているマウスでは糞抽出液中の特異IgA抗体量が低下することも明らかになった.一方,タンパク質+アジュバントによるワクチン以外にベクター型の粘膜ワクチンの評価も行った.弱毒型ワクシニアウイルスに標的遺伝子を組み込んだベクターを経鼻もしくは経口で接種したところ,全身および粘膜組織に標的抗原に対する特異免疫を誘導することが可能であることが明らかになった.ベクター型の粘膜ワクチンの開発では,特に経鼻接種の場合,ベクターの脳への移行が問題とされていたが経鼻接種を行ったマウスの嗅球,大脳,小脳のいずれからもベクターは検出されなかった.

【考察と展望】

CTはその毒性のため非常に高いアジュバント活性を持ちながらヒトへの応用は難しい.世界中の複数の研究機関でCTを弱毒もしくは無毒化するための遺伝子変異やnCTLTのキメラアジュバントの開発が模索されているが,本研究は,これまでの遺伝子変異やキメラ蛋白を作成することによる安全性の確立ではなく,nCT自体を無毒化する天然由来物質を併用することにより安全性を確立するという新規性を有する.経粘膜ベクターの開発においては,本研究では弱毒型ワクシニアウイルスを使用するが,このワクシニアウイルスは哺乳類細胞では増殖しないことが既に確認されており,他のウイルスベクターと比較して安全性に関して際だっている.世界に遍くワクチンを普及するためには,ワクチンの効果だけでなく,ワクチンの安定性,安全性,経済性,さらにワクチン接種技術の難易度が関与する.本研究ではより簡便な方法である経鼻免疫により抗原特異的な免疫応答誘導をマウスで検討しており,充分に効果があることが確認されている.世界的に高齢化社会を前提としたワクチン開発は行われていない.しかし,多くの先進工業国では今後高度高齢化社会が到来することが予測され,高齢者における感染症対策も急務となる.本研究は,その先駆けとなるものである.サブユニットワクチンでは併用するアジュバントが障壁となっているがCTは極めてアジュバント活性が高く,安全な使用方法が開発されれば,非常に有用性のある物質である.国内外では,CTに変異を加えたmCTの研究が多く行われているが,本研究では毒性を中和する天然物由来物質を使用する点でこれまでと全く異なる研究開発を行い有効性が確認された.また,本研究で用いる弱毒型ワクシニアウイルス(DI株)は哺乳類細胞では増殖しないことが大きな特徴であり,世界的にベクター型ワクチンとして研究が進められているワクシニアウイルス株(MVA株)とは異なる.現在,MVA株は経鼻接種時に嗅球など中枢神経系で感染が確認されており経鼻接種での安全性が確立できていない.本研究でDI株の経鼻接種での中枢神経系への安全性が確立され,ワクシニアウイルスベクターによる経鼻接種法では唯一の安全なベクターとなる.

参考論文

1.          Saito T, Miyake M, Toba M, Okamatsu H, Shimizu S, Noda M. Inhibition by apple polyphenols of ADP-ribosyltransferase activity of cholera toxin and toxin-induced fluid accumulation in mice. Microbiol Immunol 46:249-255, 2002

発表業績

1.          Yoshino N, Lü FXS, Fujihashi K, Hagiwara Y, Kataoka K, Lu D, Hirst L, Honda M, van Ginkel FW, Takeda Y, Miller CJ, Kiyono H, McGhee JR. A novel adjuvant for mucosal immunity to HIV-1 gp120 in non-human primates. J Immunol 173(11): 6850-6857, 2004

2.          Someya K, Cecilia D, Ami Y, Nakasone T, Matsuo K, Burda S, Yamamoto H, Yoshino N, Kaizu M, Ando S, Okuda K, Zolla-Pazner S, Yamazaki S, Yamamoto N, Honda M. Vaccination of Rhesus Macaques with Recombinant Mycobacterium bovis Bacillus Calmette-Guerin Env V3 Elicits Neutralizing Antibody-Mediated Protection against Simian-Human Immunodeficiency Virus with a Homologous but Not a Heterologous V3 Motif. J Virol 79(3): 1452-1462, 2005

3.          van Ginkel FW, Jackson RJ, Yoshino N, Hagiwara Y, Metzger DJ, Connell TD, Vu HL, Martin M, Fujihashi K, McGhee JR. Enterotoxin-based mucosal adjuvants alter antigen trafficking and induce inflammatory responses in the nasal tract. Infect Immun 73(10): 6892-6902, 2005

4.          Ami Y, Izumi Y, Matsuo K, Someya K, Kanekiyo M, Horibata S, Yoshino N, Sakai K, Shinohara K, Matsumoto S, Yamada T, Yamazaki S, Yamamoto N, Honda M. Priming-Boosting Vaccination with Recombinant Mycobacterium bovis Bacillus Calmette-Guéin and a Nonreplicating Vaccinia Virus Recombinant Leads to Long-Lasting and Effective Immunity. J Virol 79(20): 12871-12879, 2005